築地朝塾新聞 第四号 (2017/6/21)

 

【築地朝塾.com 】

 

新聞を読む、本を読む。読んだ内容を“記憶”として蓄積し積み上げていても、どうということのない時代になってしまった。“披瀝するための記憶”はもともとどうゆうこともなかった訳だが、受験戦争とやらで記憶が通用する時代が長く続いてきたことも確かだ。だが記憶し記録することでは、もはや人はAIの先を行けないことが公知の事となった。私達は迷路に入った。
谷川浩司将棋連盟会長(当時)から勝負師の常識外の一手を聞いた。昨秋の第三期だった。そこで「再び電脳戦に挑む」という話を聞いた。将棋界が丸ごとAIに挑まれている21世紀の現実を、「築地朝塾」では60人が目の前で聞いた。緊張感を感じた。
谷川会長が来塾してから程なくして、羽生名人の講演があると知った。大手電機メーカー主催の会場は東京フォーラムのAホール。受付まで長い列が出来ていた。あっと言う間に階段からホールまでが身動きが出来ない人の群れで埋まり、わんわんとコダマする程に騒がしくなった。5012人収容の会場は黒く埋り、そして静まりかえった。迷路に入った不安を共有している人たちはステージに釘付になった。
ネットで「講演」を検索してみた。
老舗の“講演.com”含め大手は3社といわれていたが、昨今は続々講演仲介事業社が名乗り出て、ネット上は戦国時代の様相だ。講師の写真がずらりと並ぶ。講演のジャンルでも検索できるが、講演料からも絞り込める。100万円を超える人も沢山顔を揃えている。
業界の方に取材した。「講演料には消費税がプラスされます。当然ながら交通費や宿泊代が上乗せされます」という。総額では驚くほどのギャラが出てゆくと知った。さらに「テレビに出演している方は人気があり講演料が嵩む」とする。いわく「講演の中身もそうだが、それよりタレントに来て欲しいとの気持ちが主催者にある」とも話してくれた。人寄せパンダがやって来てくれれば集会は盛り上がるという訳だ。
私はテレビを見ていて「築地朝塾の講師に是非」と思った人がこれまで不思議に一人もいない。テレビという媒体が持つ魔力のような効果を知っているからだろうか。テレビ制作の現場では出演者をゲストと呼ぶ。ゲストを玄関にお出迎えし、控室で進行を打ち合わせし、本番前に化粧室で汗が光らないようにして頂く。私は番組でのコメントにもこだわっているが、むしろ放送前の化粧室での雑談や、本番が終わってスタジオの緊張が解けた後で交わされるゲストとの会話が凄く好きだ。
本番前はある程度緊張をほぐす楽しい会話にする。セピア色になって脳裏に残っている場面を懸命に掘り起こしながら思い切って打ち解けた場に変えようとする。
「鳩山邦夫さんの趣味は他の人が真似しようとしても絶対に無理でしたね」
「竹下登総理のタバコはハイライトでした」
「愛煙家の橋本龍太郎総理はチェリーを離しませんでしたね」
「こんな昔話を出来る人がもう少なくなりましたね」などで会話が弾めば成功だ。
そんなやりとりのなかで、その電波には決して乗らない“ゲストの人間力”に五感を揺さぶられる時がある。瞬間「ああこの人に築地朝塾の講師を頼んでみよう」と思う。かたや肩書は凄いが全くその気にならない方もいる。私が正しいかどうか霧の中だが五感が反応しないのだからいかんとも仕方がない。
「築地朝塾」では“講演.com”経由で講師をお願いしたことはない。運営委員のネットワークのなかで候補者を上げて検討してゆく。
「最近読んだこの本の著者を塾生に会わせたい」との提案や、「新聞のコラムに投稿されたこの方を是非」という提案もある。「築地朝塾」運営委員には新聞社や出版社で働く人が多い。手さぐりで著者や筆者へのルートを探す。講師陣のラインアップから来塾確定までは文字通り手造りの作業だ。重圧を感ずる時もある。
ある時、運営委員の友人が「この方はこんな活動をしていて素晴らしい人です」と労をかって出てくれた。またある時は講師で来て下さった方が、私たちが来塾して欲しい方への仲介をして下さった。「築地朝塾は大変良いことをされている。ああその人なら私から電話を入れときましょう。任せてください」と胸を叩いてくださる。講師のなかには「また何時でも呼んでください」と言ってくださる方も多い。
こうして「築地朝塾」の土俵の輪は一歩一歩確かに広がってきている手応えを感ずる。第五期までで講師を引き受けて下さった方は53名となった。膨大な講演内容がHPに掲載されて行く。
私は講演.com形式の大きな集会を目指していない。小さいことが大事で、糧になる貴重な話を少ない塾生と真近で聞ける塾と決めている。羽生名人の講演会には5000人超の人が来たが誰も質問ができない。ステージの羽生名人は豆粒ほど小さかった。
迷路の出口は遠い。加えて日常の情報に追いついてゆくのも大変なことだ。つまり私たちは二正面対応が出来る己に自己開発のエネルギーを注がねばならない。近未来からの挑戦を受けながら、現実日常に展開されている人の世の営みにも注意を怠れないからだ。
そのためには真贋を見極める力と継続を厭わない力が必要だ。“千里の道も一歩から”という掛け軸が家にあって子供の頃から眺めていた。知の恵みを人間力に変える道に終わりはない。「築地朝塾」がその歩みの一歩になれば嬉しい。